29人が本棚に入れています
本棚に追加
1、深海でみる夢
要に腕を掴まれて、ライブハウスの入る雑居ビルを出た。
体がふわふわして、現実感がまるでなかった。たった一人で、深い、海の底にいるような気がしていた。
「約束だからね。将大さんの番が終わったら帰るって」
私に異存はなかった。でも、ずっと潜ったままでいたかったのに。
要の一言で、魔法は解けてしまった。
大阪ミナミの、派手なネオンライトや雑多な喧騒が蘇る。
受験生という現実がのしかかり、晩秋の夜の冷気が、ほてった頬を急速に冷ましてゆく。
ライブはまだ半分以上残っていた。
ライブハウスの何十周年だかの記念イベントで、将大は親しくしているオーナーから、直接声をかけられていた。
何人も出演するアーティストの一人で、殆どの客は有名なラッパーが目当てだったが、ソロになって、いきなりやって来たチャンスだった。
「将大さんからラインだ」
人混みの中、地下鉄の駅に向かって歩き始めようとしたとき、要が言った。
私のバッグの中からも振動が伝わる。
最初のコメントを投稿しよう!