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ほら、これ使いな、とハンカチを取り出しながら要が言う。
「典ちゃんは、自分のせいで将大さんがバンドを抜けることになったと、責任を感じてたんだよね? だから今日は人一倍嬉しくて、涙腺が崩壊したんだよね?」
私に英語の個人指導をするうちに、態度が教師みたいになってきた。
先生と呼ばれるのを、あんなに嫌ったくせに。
「それは気にせんでいいって、何度も言ってるやん」
まるで幼稚園児にするように、将大がぽんぽんと私の頭を撫でる。
「あの動画は、ソロになるきっかけの一つにすぎひんねんて。自分で考えて、バンドのメンバーと話し合って出した答えや。今は何にも縛られず、自分の好きに曲が作れて幸せや」
将大がバンドのために作った新曲を、直観に突き動かされ、無断でSNSにアップした。
あの時の衝動が本当に純粋なものだったのか、今となっては自信がない。
別れた恋人と会う約束をしているのを知って、ただ腹が立っただけかもしれない。
ハッシュタグに付けた、『特別な人』という言葉に、将大は何の反応も示さなかった。
それまでの自分から一歩踏み出すために、清水の舞台から飛び降りるつもりで付けたというのに。
結局今も『妹』という安住の地でぬくぬくとしている。
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