ウタカタ 第1話

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 佐木が貴島の部屋に泊まる際、寝巻き代わりに使っているのは貴島のスウェットだ。体格のいい貴島の物を華奢な佐木が着ると、ぶかぶかでどこもかしこも布地が余る。毎回複雑そうに裾を折っている佐木を見て、「今度ウチから自分の持ってきて置いとけ」と貴島が笑ったのは、前回泊まった時だっただろうか。しかし佐木が貴島の部屋へ泊まるのは大抵突発的で、今回もサイズの合わない貴島の服を着るはめになっている。  そもそも、約二年続いたタレントとマネージャーという関係が、濃い方へと変化してからまだ四ヶ月。その間、取れた休みは片手で数える程しかない。貴島の芸能人という立場の弊害云々より、実質的に恋人として過ごす時間が満足に持てないでいた。そのくせ仕事で一日中行動を共にしている訳だから、会っていない訳ではない。しかし、仕事とプライベートではお互いスイッチが切り替わってしまう為、それらしい空気は皆無だ。ごくたまに、移動中や休憩中に、スイッチを切り損ねた貴島がちょっかいを出すと、佐木は真っ赤になって慌てふためくが、それでもすぐに仕事の顔に戻ってしまう。流されやすいように見えて、実際はそうではない。意志薄弱に見えてもそんなことはなく、弱そうに見えて、強い。佐木孝平に惹かれたのはこういう部分だと貴島は思う。
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