ウタカタ 第1話

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 だらだらと物思いに耽っているうちに、貴島は再び眠りに落ちていたらしい。味噌汁の匂いと共に佐木に起こされる。 「大地さん、そろそろ起きて下さい」  佐木が身を乗り出すと、ベッドが小さく揺れた。起きる気配を見せない貴島に、佐木は更にベッドに乗り上げた。貴島の鼻孔をシャンプーとボディーソープの香りがくすぐる。バスルームには、知り合いのヘアメイクから大量に譲り受けたシリーズ物のバス用品を置いていたが、こんな匂いだっただろうか。 「大地さ……っ」  自分へと伸ばされた手を、貴島は無遠慮に引っ張る。倒れ込んできた佐木と体勢を入れ替えて、その体の上へと圧し掛かった。 「起きてたんですか」  騙まし討ちに合ったのが悔しかったのか、心なしかふてくされたような顔が貴島を見上げる。 「今起きた。……お前イイ匂いすんな」  佐木の首筋に顔を寄せると、その肩が小さく揺れる。 「シャワーを浴びたので。大地さんはいつもこの香りがしますよ」  言うなり佐木は頬を赤く染めて顔を背けた。佐木は仕事用の白いYシャツの上に紺色のエプロンを着けている。開襟シャツから覗いた首が滑らかそうで、舌を這わすと、下敷きにした体がびくっと撥ねた。 「イイなソレ。マーキングっぽくて」  喉奥で笑って耳たぶを口に含むと、佐木は息を詰めて、貴島の胸を押し返した。 「大地さん……駄目、です。遅刻します」  朝には相応しくない空気を漂わせ始めた貴島に、佐木は抵抗を見せる。うるさい口を封じてやろうかと貴島がその顔を覗き込むと、本気で困り果てたような佐木と目が合った。  進路変更を余儀なくされた唇は佐木の額へ落ちた。 「……シャワー浴びてくる」  悔し紛れにわしゃわしゃと佐木の髪を掻き乱して、貴島はベッドを離れた。
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