ウタカタ 第1話

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 手早くシャワーを浴びてリビングに入ると、ちょうどテーブルの上に朝食が並べられたところだった。  父子家庭だった為、幼い頃から家事を手伝っていたという佐木の料理の腕前は確かで、何を作らせても絶品だった。本人は、「田舎の家庭料理しか作ったことがないから口に合っているか心配」と恐縮するが、毎回舌の肥えた貴島を唸らせている。  貴島の過去の交際相手の中にも、手料理を披露する女はいたが、もはや勝負にもならない。手料理だけでなく、掃除や洗濯など身の回りの世話をしたがる相手もいたが、貴島自身して欲しいとも欲しくないとも思わなかった。自分が楽できることには変わりないので、したければすればいい。ただし、自己満足に浸って女房面されるのは勘弁して欲しい。世間一般の基準は知らないが、貴島にとってはその行為が相手に留まる要因にはならなかった。  佐木は貴島の部屋へ来ると、当たり前のようにこの家の家事をこなしていた。貴島もそれに対してなんの違和感も覚えない。それもその筈だ。佐木に世話を焼かれることに慣れ過ぎてしまっている。そして昨夜のように唐突に部屋に連れ込み押し倒しても、佐木は大人しく貴島に従うだけだ。 しかし貴島は、家事の肩代わりや、性的欲求を満たす為に佐木とこんな関係になった訳ではない。家事が面倒なら家政婦を雇えばいいし、単にセックスがしたければ女を抱いている。  己自身が商品の職業である以上、生活の基盤である食事は重要だ。だから栄養バランスも考えた絶品の手料理は、貴島にとって正直ありがたい。掃除や洗濯ももちろん助かっている。けれどそれでは佐木の普段のマネージャー業務と、貴島の部屋で過ごす時間とで、一体何が違うのかという疑問が生じる。その唯一の違いがセックスの有無、というのもどうかと思う。
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