ウタカタ 第1話

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 本日最後の現場である連続ドラマの撮影が終了したのは、二十一時を回った頃だった。今日は撮影がスムーズに進み、ほぼ予定通りに日程を終えることができた。  貴島が控え室で撮影用のメイクを落としていると、室内にノックの音が響く。濡れた顔をタオルで拭いながら振り返ると、佐木が出入口の扉へ向かっていた。佐木は相手と二、三言話してから貴島を振り向き、相手に入室を促すように大きく扉を開いた。 「大地っ、今日これで終わりよね?」  ヒールの踵を鳴らして部屋に入ってきたのは、共演者の戸川綾奈だった。ドラマの役柄とは打って変わり私服は華やかで、結っていた長い髪も今は下ろされて緩やかなカールを描いていた。 「飲みに付き合って! ほんと今は愚痴りたい気分なの!」 「お前な。俺、明日朝からだぞ」 「大丈夫! 私はオフだから」 「てめぇ……」  溜息を吐きながら、机に置いていた煙草に手を伸ばす。貴島の態度にも綾奈は不遜に微笑んで見せる。勝気な瞳はなんとなく猫を連想させた。清純系から小悪魔系、少女から大人の女性まで。役の幅が広いと評価のある実力派女優の綾奈は、バラエティ番組や女性誌のモデルまで務める人気タレントだ。色白で小さな顔の中に大きな瞳。細く長い手足。華奢な体つきに似つかわしくない豊満な胸。その抜群の容姿から男性人気はもちろん、トーク番組などで見せるサバサバとした物言いや、度々ファッション誌の表紙も飾ることから女性ファンも多い。言いたいことをはっきり口に出す性格や、芸能界においてのスタンスなど貴島と共通する部分が多々ある。
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