ウタカタ 第1話

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「今日撮影来る時も思いっきり釘刺されたわよ」 「釘? ああ。『キジマさんと必要以上に話しちゃいけまセーン』だろ」  貴島は綾奈のマネージャーである沼田の声真似をして見せた。 「せいかーい。似てないけど」  貴島と綾奈は、過去に週刊誌に親密交際を取り沙汰されている。その際は二人揃って否定も肯定もせず、マスコミを相手にもしなかった。恋愛事に寛容な貴島の事務所とは対照的に、綾奈の所属事務所は交際に関して厳しい。今春スタートの連続ドラマで貴島と綾奈の再共演が決まったと同時に、交際説も再浮上してしまった。その上、四ヶ月程前のTVの生放送中に、貴島が本命の存在を公表してしまった事件も記憶に新しく、マスコミの熱を煽るには最高のタイミングだった。また、『本命は年上だ』という貴島の発言も、噂の信憑性を高めてしまった。現在二十二歳の貴島より、綾奈は一つだけ年上だった。そんな経緯があり、綾奈の事務所は共演に対してピリピリムードだ。 「子供じゃないんだし、人の交友関係くらい放っておいて欲しいわ。恋愛沙汰で駄目になるならその程度の実力だったってことよ」  綾奈の言葉には、人気タレント故のストレスと、確固たる自信が滲み出ていた。それは自身への過信ではなく、積み重ねてきた自分の実力に誇りを持つプロ意識の表れだ。 「ウチの事務所は頭が固過ぎるのよ。また大地と交際記事書かれたって、わざわざ番宣ご苦労様、くらいに思ってればいいのに」  苛立ちを吐き出すように、綾奈は長い息を吐いた。 「ってことで飲みに行くわよ?」  綾奈は腰に手を当てて貴島を見遣った。 「あーあ。また眼鏡野郎にグチグチ言われる」  文句を言いながらも、貴島は煙草を灰皿に落とし、ジャケットに手を伸ばした。
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