ウタカタ 第1話

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 先程の楽屋みたいに、佐木が自ら貴島と綾奈を二人きりにするのは、二人のプライバシーを尊重してくれてのことだろうし、こうして店へと送り届けるのも仕事のうちだと考えているのだろう。貴島にとって綾奈は、気が合うがお互いに恋愛感情は少しも感じていない友人だ。佐木に対し後ろめたいことは何もない。佐木が貴島に対して何も口にしないのはそれを理解しているからだと、自分を信頼してくれているのだと思っている。  自分よりも人を、貴島を優先する。そんな寛容さ、奥ゆかしさは佐木の魅力の一つだ。けれどもし、それで自分を抑え込んでいるのだとしたら……。こんな風に相手を思いやって交際するなんて、昔の自分では考えられなかった。 「大地さん?」  黙り込んだ貴島を佐木が覗き込む。 「悪い、なんでもない。お疲れ」  思考の恥ずかしさが手伝って、少しぶっきらぼうに告げると貴島は車を降りた。 「お疲れ様でした。それでは失礼します」  佐木は二人に頭を下げると車を発進させた。 「佐木さんって、なんていうか今時珍しいくらいに真面目な人よねぇ」  角を曲がり大通りへと消えていく車を見届けてから、綾奈は感心したようにそう言った。 「真面目過ぎるから、怖えんだよ」  とっくに見えなくなった車に向かって、貴島は早口に呟いた。
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