ウタカタ 第2話

4/11

208人が本棚に入れています
本棚に追加
/332ページ
 昨晩帰宅して、しばらくしてから気付いたことだったが、多忙から溜まっていた洗濯物も綺麗に片され、室内も隅々まで掃除されていた。冷凍庫には小分けされた料理が大量に保存してあった。  佐木は『のんびりさせてもらった』と笑っていたが、少しものんびりではない。せっかくの自由時間も、結局貴島のことで使ってしまったのではないか。それを口にすれば逆に佐木が気に病むような気がして、苛立ったような気分を抱えたまま、貴島は何も言わなかった。  貴島が出来立てのオムレツを口に運ぶのを、佐木は固唾を呑んで見守っていた。心配そうな顔に「美味い」と伝えると安心したように笑う。 「すみません、洋食はあまり作ったことがなかったので、自信がなくて」  いつもは和食のメニューが様変わりしたのは、佐木なりの気遣いなのかもしれない。 「お前料理って、父親に習ったのか?」 「いえ、友人の母親に教えてもらいました」  そう言ったあと、佐木は何かを思い出したように苦笑した。 「最初は父が料理本を見ながら調理してたんですが、料理はからきしな人だったので。幼心に『自分がなんとかしないと』と思って習い始めたんです」  佐木の表情や声からは父親への愛情を感じた。出会った当初から、天涯孤独の身の上をまったく感じさせないくらい、佐木は穏やかで笑顔の印象が強かった。喪くしたものを嘆くのではなく、共有した時間や記憶を大切に生きている姿は、貴島の目に凛として映った。  だけどその細い体の内側に詰まっているのは、幸福で温かいものばかりじゃないことも知った。悲しみや孤独がない訳じゃないし、忘れられない後悔も抱えている。複雑な感情や本心を押し込めるのは佐木のくせだ。意外に頑固で、自分に厳しい佐木から、それを吐き出させるのはなかなか難しい。
/332ページ

最初のコメントを投稿しよう!

208人が本棚に入れています
本棚に追加