ウタカタ 第2話

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 朝食を終えると、エスプレッソマシーンでいれたコーヒーを飲みながら、貴島は新聞に目を通した。佐木は後片付けでキッチンとリビングを行き来している。今朝はまだスーツに着替える前のスウェット姿だった。相変わらずズボンの裾を折り曲げている。休みだったのだから、いい加減自宅から自分の衣服を持ってきて置いておけば良かったのに。もしかすると、貴島の身の回りのことに時間を費やして、そんな余裕もなかったのかもしれない。そう思うと、貴島の中で少しばかり罪悪感が疼いた。  貴島がゆっくりと支度を済ませ、佐木が後片付けと着替えを終えても、時間に余裕があった。 「少し早いですが、もう出ておきましょうか」  佐木は腕時計で時刻を確認してスーツの上着を着込む。貴島は返事をして先に玄関へと向かった。マウンテンブーツを履き終えて佐木を振り返る。 「……おい」  ふと気付いて傍まで来ていた佐木に手を伸ばす。すると佐木は、貴島の手に怯えたみたいに体を強張らせたような気がした。佐木の反応に違和感を覚えながらも、貴島は佐木の頬を指で擦った。 「歯磨き粉ついてんぞ」  擦り取った白い粉を親指と人差し指の腹ですり合わせる。 「……え、あ、……すみません」  貴島が触れた頬を押さえて、佐木は恥じ入ったように俯く。その仕草に刺激されて、今度は先程とは違った意図を持って佐木に触れた。 「……っ」  すると佐木は体を竦ませ、貴島の手から逃れるように後ずさる。  予想外の反応に貴島は動きを止めた。 「あの、今日は道が混みそうなので……もう出ましょう」  その言葉への返答が遅れて、室内が一瞬静寂に包まれる。 「……ああ」  貴島が答えると、佐木はあからさまに安堵したような表情を見せる。貴島の横をすり抜けて靴を履くと、玄関の扉を開けた。
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