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「ご迷惑をお掛けしてすみません」
他人行儀な言葉を紡ぐ口に、貴島の中で僅かな不快感が疼く。貴島は体を屈めると、佐木を囲うようにソファの背もたれに手を置いた。
「大地さっ……ん、……っ」
唇を重ね、強めに吸い付く。佐木は貴島の胸を押して抵抗した。
「駄目……です、こんな場所……っ、ん……ぅ」
抗いの言葉を無理やり封じて、強引に開かせた口内に舌を差し入れる。すると次第に抵抗が弱くなり、やがてその手は貴島の背に回った。探り出した舌は、遠慮がちに貴島の動きに応えた。
ようやく解放して濡れた唇を指で拭うと、貴島は体を起こした。
「あんま心配させんな」
早口でそう言って背を向けた直後、背中に衝撃を感じた。立ち上がって貴島の背に身を寄せた佐木が、「ごめんなさい」と小さく呟いた。遠慮がちに貴島へと額を擦り付けてくる仕草に、胸の奥底がきゅっと窄まった。出会ってから、恋人関係になってからも、佐木はもどかしいくらい貴島に甘えようとはしない。そんな佐木がこんな行動に出るのは、相当弱っているのだとわかって、心の中が重く感じた。
貴島は振り返ると、佐木の頭を自らの胸に埋めさせて、その体を抱き締めた。
「大地さん」
名前を呼ぶ佐木の声は、涙が滲んでいるように聞こえた。
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