ウタカタ 第3話

4/10

208人が本棚に入れています
本棚に追加
/332ページ
 本日一本目の仕事である雑誌撮影用のメイク中に、佐木は到着した。 「申し訳ありませんでした」  メイクスタッフが退室して二人きりになったと同時に、佐木は土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。貴島はそれに対して「ああ、気を付けろ」と答えただけだ。  そのままバタバタして会話らしい会話をせずスケジュールをこなす。 「どうして……怒らないんですか?」  佐木が暗い顔で貴島にそう訊ねてきたのは、連ドラの収録スタジオの楽屋だった。 「怒って欲しいのか?」  茶化す貴島に、佐木は戸惑ったような表情を浮かべる。 「別に俺が怒鳴らなくても、お前死にそうなくらい反省してるじゃねえか」 控え室や移動の車内。会話はしなくても、漂う空気から佐木が自分を責めていることは明白だった。 「でも……」  青白い顔をしかめる佐木に、貴島は短く息を吐いた。 「ここんとこお前が調子悪いのはわかってんだよ」  貴島はテーブルに行儀悪く腰掛けて煙草を銜えた。 「お前の仕事は俺をサポートすることだ。なのにそのお前がヘバってちゃ訳ない」  煙草に火をつけ吸い込んで、天井に向かって煙を吐き出す。 「けどお前は機械じゃない。完璧なんてある訳ねえ。調子が悪い時があって当たり前だろ」  佐木は部屋の隅に立ち竦んだまま、貴島を見つめていた。言葉を重ねても佐木の表情は強張ったままで、貴島の中で焦燥が募る。
/332ページ

最初のコメントを投稿しよう!

208人が本棚に入れています
本棚に追加