ウタカタ 第3話

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「お前は……何が不安なんだよ?」  貴島がそれを口にした瞬間、佐木は怯えたように肩を竦めた。「言わなきゃわかんねえだろ。なんでも溜め込むな」  佐木は一体何を恐れているのか。察せられない自分にも、吐露しない佐木にも貴島は苛立った。 「綾奈のことも関係あんのか? 言っとくけどあいつとはそういうのじゃねえから」  その言葉は、貴島にとって最大限の譲歩だった。浮気疑惑の弁明なんて、この世の終わりがきても口にすることなどないと思っていた。  綾奈のこと。事故のこと。ろくにお互いの時間を持てないこと。不安要素の候補をあげればいくつもあるのに、結局どれなのかはわからない。だから貴島には一つずつ当て嵌めて答えを見つけるしか方法がない。  貴島の言葉に佐木は一度口を開いたが、なんの言葉も発しないまま、再びきゅっと唇を閉ざす。 「お前な……っ」  感情のまま語気が荒くなる。乱暴な仕草で煙草を揉み消して、佐木に近付こうとした瞬間、室内にノックの音が響く。舌打ちして返事をすると、顔を出したのは見知った若いADだ。 「そろそろスタンバイお願いしまーす」  室内の空気には似つかわしくない明るい声に、貴島は片手を上げて答える。ADが退室したのと同時に、苛立ち任せに机の脚を蹴った。その音に佐木が身を縮ませるのが視界に映って、苦い気持ちが増した。
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