ウタカタ 第3話

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 今日の撮り分が終了してスタジオ内を見回しても、佐木の姿は見当たらなかった。すぐさま控えていたスタッフが知らせた内容に、貴島は目を見開く。  佐木は撮影中に気分が悪くなり、現場に迷惑が掛かることを恐れて撮影スタジオ外の廊下で蹲っていたところを、他の番組の顔見知りのスタッフに発見されたらしい。  事情を聞いた貴島が足早に楽屋に戻ると、ソファに体を横たえていた佐木は慌てて起き上がろうとした。貴島はそれを「寝てろ」と制する。 「申し訳ありません……本当にすみません」  血の気のない顔で謝罪を繰り返す佐木に、貴島はやるせないような気分に襲われる。一体何が佐木をこんな風に追い詰めているのか。どうすれば、何を言ってやれば佐木の気持ちは楽になるのか。訊ねても答えない佐木。考えてもわからない自分。苛立ちばかりが増す。  まだ今日のスケジュールは残っていたが、貴島は佐木に病院に寄ってから帰宅するように命じた。佐木の体調不良の原因が身体的なものではないと感じていたが、「栄養素でもぶち込まれて家で安静にしてろ」としかその時の貴島には言えなかった。佐木はその言葉に少しの間黙り込んで、「はい」と小声で答えて従った。
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