208人が本棚に入れています
本棚に追加
/332ページ
撮影スタジオを後にした貴島は、そのまま友人のラジオ番組にゲスト出演して、その日のスケジュールを全うした。飲みに行こうという誘いを断り、貴島は車を走らせた。佐木の自宅付近にあるパーキングにチェロキーを駐車したのは、二十三時を過ぎた頃だった。住所は知っていても、実際に佐木の部屋まで訪れるのは初めてだ。マンションの集合ポストで部屋番号を確認して、エレベーターで該当の階まで上がった。
「大地……さん」
チェーンが掛かったドアの隙間から顔をのぞかせた佐木は、貴島の顔を確認すると双眸を見開いた。
「お仕事は……」
「終わったからここにいんだろ。……入れろよ」
すると佐木は、困ったような、怯えたような顔をした。
「あの……、俺の部屋、大地さんのご自宅みたいに広くないんです。それに、今とても散らかっていて……」
佐木の言葉や表情から、貴島の訪問が喜ばしいものではないことが窺えて貴島は内心苛立った。
「んなモン気にしねえよ」
「でも、あの……」
一向に扉を開けようとはしない佐木に貴島は舌打ちをして、その僅かな隙間に顔を近付けた。瞬間、微かに鼻腔をついた匂いに、貴島は動きを止めて佐木を凝視した。
「お前、酒飲んだか?」
「……っ」
目に見えて狼狽える佐木に、貴島は「いいから入れろ」と低い声で告げた。佐木は思い詰めたような表情で貴島を見つめ、やがて覚悟を決めたように「わかりました」と答えた。一度扉を閉め、チェーンを解除してから開き、貴島に入室を促した。
最初のコメントを投稿しよう!