ウタカタ 第3話

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 ワンルームの部屋は玄関も室内も散らかってはいない。物が少なくシンプルな、佐木の性格がうかがえる空間。だけど貴島はすぐに、佐木が頑なに自分を部屋に入れなかった理由がわかった。 「お前、酒飲めないよな?」  部屋の隅にあるキッチンの足元。透明の大きなゴミ袋に入っているのはビールの空き缶だ。昨日や今日飲んだ量ではない。そして、部屋の中央のテーブルの上には、出したばかりで水滴で濡れた、開封済のビールが載っている。  貴島が記憶する限り、佐木は酒が殆ど飲めない。アルコールの許容量は酎ハイ一杯程度だ。ビールなんて注文しているところすら見たことがない。 「俺だって……飲みたい時も、あります」  心配する貴島を突き放すような佐木のセリフに、咎めるような視線を向けた。するとみるみるうちに佐木の表情は頼りないものに変わって、それが虚勢だったとすぐに知れた。 「大地さんは、いつも美味しそうにお酒を飲みますよね」  佐木はローテーブルの傍まで移動すると、すとんとしゃがみ込み、まだ冷たいであろうビール缶の淵を指で撫でた。 「だけど俺には全然わからないんです。……何本飲んでも苦いだけで……」  佐木の顔が泣きそうに歪む。だけど涙は流れない。
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