ウタカタ 第4話

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ウタカタ 第4話

 佐木は当面の間休暇を取ることになった。心身共に疲弊していて、一度まとまった休みが必要だと貴島が事務所に訴えた。佐木の直属の上司である松田と事務所の社長である礼子は、貴島からの報告を受けるなり、佐木に一週間の休暇を取らせることを即刻決定した。佐木の性格をよく知る二人は、事故の一件以来、佐木が気掛かりでならなかったらしい。心配していた通りになってしまったか、と共に苦い表情を浮かべていた。  もちろん二人は、貴島と佐木が所属タレントとマネージャー以上の関係だということまでは知らない。 「佐木は自分の担当から外れたがっている」  そんな言葉は思うに留めた。実際、佐木がそう思っているのか本人の口から聞いた訳でもなかった。それを確かめることすらしていない。それどころかあの夜、別れる、別れないもうやむやにしたまま佐木の部屋を後にした。  貴島は自尊心が高い自覚がある。  生まれてこの方、『別れたくない』と縋る相手を打ち捨ててきたことはあっても、『別れたい』と言ってきた相手を、考え直せと諭したことは一度もない。去る者は追わない。本当はこちらの気持ちを試す為のブラフだと見抜いていたとしても、試されている時点で癇に障る。好きにすればいいと切り捨て、さっさと過去にした。  だけど、佐木に対してはそうできなかった。「とりあえず休め」と選択を避けるような言葉を口にして部屋を出た。いや、選択ではない。少なくても佐木の中では。佐木が相手を試したり、気を引く為にそんな言葉を持ち出すような性格じゃないことは知っている。既に『別れる』か『別れない』かの間で散々迷って行き着いた答えなのだろう。
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