ウタカタ 第4話

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 そして責任感の強い佐木が、仕事上のパートナーである貴島と深い関係になったことをなんとも思わない訳がないことも本当は気付いている。ましてや社長の礼子は佐木にとって母親同然の存在だ。上司の松田を尊敬し、慕っていることも知っている。佐木の中に滲む罪の意識を感じても、貴島にしてやれることは何もない。  たくさんのことを我慢させ、苦しませても、佐木が貴島に対して文句を言ったことは一度もなかった。いつも穏やかな笑みを湛えて、ごく自然に貴島の世話を焼いて回る。貴島はそれに胡座をかいていた。実際、別れ話を持ち掛けられた時、貴島の中で込み上げたのは怒りの感情だった。お前は俺が好きじゃないのかと、裏切られたような気分になった。納得できない気持ちと不愉快な気分は、今も体の中で渦巻いている。  十分程待機していると、ようやく監督に呼ばれた。軽く打ち合わせをしてスタート位置につく。  飲めない酒に手を伸ばす程、佐木は自分に追い詰められていたのか。いつから別れたいと思わせていたのか。ふと、ある朝さりげなくキスを拒まれた記憶が脳裏を掠める。それにつられるように胸が引き攣れた。こんなのは自分らしくないと思う。  貴島は佐木の不安を取り除きたくて、労り、何度も理由を訊ねた。プライドを崩して釈明までした。それでも佐木は頑ななままで、別れたいと言っている。もう答えは出ているような気がした。
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