ウタカタ 第5話

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ウタカタ 第5話

「……大地さん」  予定通りなら二十二時にはスタジオを出られる筈だった。それが二時間近く押してしまい、佐木の部屋のインターホンを押したのは日を跨ぐ直前になった。  貴島の突然の訪問に、佐木は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻して「お疲れ様です」と控え目に笑った。前回とは違い、貴島が何かを言う前に扉のチェーンを外して入室を促す。 「今、ちょうど大地さんが出ている番組を観ていたんですよ」  佐木はいつも通りに笑い、何気ない会話をしてくる。貴島は苛立ったようにテーブルの上のリモコンを取り、自らが映るTVを切った。同時に佐木の顔から表情が消える。  一気に静まり返った部屋の空気が密度を増した。その重さを掻き消すように佐木は口を開く。 「お休みを頂いてしまって、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」  佐木は低く頭を下げた。 「今は寺本さんが付いて下さっていると聞いています。大地さん、上手くやれていますか?」 心配そうな顔と訊ねる声。貴島はそんな佐木に隔たりを強く感じた。 「お前、来週……、体調が回復しても、俺の担当に復帰するつもりはないのか?」  予想していた筈なのに、貴島は心のどこかで否定の声を期待していた。しかし苦渋の色を浮かべた顔は、貴島の視線から逸らされる。
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