ウタカタ 第5話

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 当たり前のことかもしれない。体調を崩した原因が貴島であるのなら、佐木が貴島の傍にいればいつまで経っても快方に向かう訳はない。  恋人関係だけではない。佐木は仕事上ですら、貴島と繋がることを拒んでいる。既にすべてが佐木の中で終わりに向かっているのか。それを理解すると、貴島の中で様々な感情がうねりを打つ。  怒りと、失望と、……悲しみだ。それは初めて知る、持て余す程の激情だった。 「お前は俺といるのがしんどいか?」  身のうちの激しい感情に反して、口から衝いて出る言葉の響きが穏やかなのが、貴島は自分で不思議だった。貴島を見つめる佐木の顔は困惑の色を示している。 「もし、ここで完全にお前と切れても、俺は前と何も変わらねえんだと思う。仕事して、酒飲んで、女抱いて」  貴島はゆっくり佐木に近付いた。 「だけどこの先、演技中にセリフすっ飛ばすくらい俺に影響与えんのは、お前だけだ」  佐木と出会い、惹かれ合って寄り添ったことが、人生一度きりのものなのだとしたら、貴島は今ここでそれを手放す訳にはいかない。役に立たないプライドなら、そんなものは自らへし折ってでも足掻く。  貴島は呆然と自分を見つめる佐木の手を捕えた。  今日のドラマ収録が押した理由は、貴島がNGを連発したからだ。流石にセリフがすっ飛んだのは最初の一回だけだったけれど、その後も集中できず、役に入り込めなかった。滅多にないことに、スタッフどころか綾奈までもが心配の眼差しを向けてきた。
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