ウタカタ 第5話

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「以前、俺が詐欺に遭った話をしましたよね」 「ああ」  唯一の肉親を失うかもしれないという行き場のない不安と悲しみ。佐木が遣る瀬ない現状に追い詰められ、どうしようもない孤独感に急き立てられていた頃、その心の中に付け入るように結婚詐欺に遭ったという話は、貴島と今の関係になる前に聞いたことがある。思えばそれを聞いた頃から、貴島の中で佐木への特別な感情が芽生え出した。 「騙されて以来、俺は女性が怖いです。もちろん全てがそういう人じゃないことはわかっています。社長のことは尊敬していますし、綾奈さんも素敵な女性だと思います。だけどそういう意図を持って女性を見ることができません。特別な好意を向けられることも。……自分でも混乱するくらいに、怖くて堪らなくなります」  貴島は実際にその一部始終を目撃したことがあった。佐木がまだ、貴島の中では信頼できる仕事上のパートナーでしかなかった頃、仕事にかまけて浮いた話の一つもなかった佐木に、お節介を焼いたことがある。ちょうどドラマ撮影スタッフの一人が佐木に好意を持っていることを知り、打ち上げの場でそれとなくセッティングした。最初は問題なく話しているように見えたのに、段々と佐木の顔色が冴えなくなり、やがて傍目から見てわかる程動揺し始め、とうとう打ち上げの会場から逃げるように飛び出してしまった。それが切っ掛けで貴島は佐木の過去を知ることとなったのだ。
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