ウタカタ 第5話

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「父の両親は、父が大学生の頃に交通事故で亡くなりました」  その父親も三年前に病気で他界している。  佐木はそこまで告げて、貴島の目を見つめた。濡れた瞳に、また新しく涙の膜が張っていく。 「俺は……父のことが大好きです。直接触れ合った記憶はありませんが、母のことも。二人を両親に持って、なんの不満もありません。……だけど」  その先を口にすることを恐れるように、佐木はきつく目を閉じた。 「両親も、俺も……家族に縁がありません。誰も、大切な人とは永く一緒に居れませんでした」  幾筋もの雫が佐木の頬を流れる。 「そのことを、忘れていたんです……」  佐木にそれを思い出させたのは、間違いなくあの衝突事故だろう。掴んだ佐木の指先は冷え切っている。 「そんなものは偶然に過ぎない」と口にしたくても、貴島にはできなかった。たとえ偶然だったとしても、佐木は実際に大切な人を失った過去がある。佐木の中で降り積もった寂しさや悲しみ、孤独感、恐怖心。それは他人が片付けていいものではないと思った。 「もちろん……ただの偶然なのかもしれない、だけどもし……この先、貴方を巻き込むようなことがあったら、俺は……」  堪え切れずしゃくり上げた佐木は、貴島の手をぎゅっと握り返した。 「本当は事故のあと、すぐにでも離れないといけないと頭ではわかっていたんです。それでも、離れたくなくて……、そんな身勝手な自分が許せなくて……」  息を吐くと胸が苦く、身が裂かれるような痛みが渦巻く。それ以上に甘く、狂おしい程に目の前の男が愛しいと思った。その気持ちのまま、貴島は佐木の体を掻き抱く。
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