フシダラ 第1話

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「全然待っていませんよ。そもそもまだ待ち合わせの時間になってませんから」  佐木はその笑顔に、こっそりと肩に入っていた力を少しだけ抜いた。取っ付きにくい性格の人物だと聞いていたが、噂とは違い随分人懐こそうに見える。ヘアセットなのか寝癖なのか判断に悩みそうな無造作ヘアに、フレームの大き目な黒縁の眼鏡。彫りが深く、整った顔立ちをしているが、どうしてか『美形』や『イケメン』という表現が似つかわしくないような顔。癖がある、と言えばいいのかもしれない。まるで意志が強そうな瞳が、そう表されることを拒んでいるような気がする。 「まあまあ、取りあえず座って下さいよ。お二人ともビールでいいですかね?」  佐木は男の申し出を断り、ウーロン茶を頼んだ。それは何も一応は仕事の席だからという訳ではなく、自分が殆ど酒を飲めないからだった。結局男もウーロン茶を頼み、貴島だけはビールを注文した。部屋の一番奥に貴島が座り、佐木はその隣へと腰を下ろした。飲み物が運ばれてくる間に、真向かいの男が佐木へと名刺を差し出してくる。
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