フシダラ 第1話

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「改めまして、九鬼です。本日はお時間を頂き恐縮です」  佐木は名刺を両手で受け取る。紙面には社名と氏名と連絡先だけで、九鬼の肩書きは入っていなかった。佐木は丁寧に名刺を机に置くと、自らの名刺を九鬼へと差し出した。  間を置かず飲み物と一緒に先付けと食前酒が運ばれてくる。一口で飲み干せるような小さなグラスに入った中身は、自家製の梅酒だと説明されたが、佐木は口を付けなかった。今日は車では来ていなかったから少し飲んでみたい気もしたが、この場へは仕事の話で来ている。万が一粗相があってはいけない。九鬼も気を遣ってか、それに手を伸ばさなかった。冷えた瓶ビールを貴島のグラスに注いで、三人はグラスを合わせた。 「監督も召し上がられませんか?」  乾杯を終えるやいなや、佐木はビール瓶を持って九鬼に訊ねた。  九鬼将臣は名の通った映画監督だ。まだ三十二歳と若手の部類に入る年齢だったが、その経歴は実に華やかだった。数々の国内の賞だけにはとどまらず、海外の映画賞にもノミネートされた実績を持つ。
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