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「準主役にあたる伊織は七原悠くんに決まる予定。知ってるよね?」
「彼が……伊織役ですか?」
訊ねたのは佐木だった。
「うん、そう。正式な手続きはまだだけど、もう本人からはOK出てるよ」
佐木は九鬼の答えに絶句する。
「驚くよね。貴島くんが美山役演るくらいギャップが凄い」
七原悠は現在二十歳の人気俳優だ。中学生の時から活躍する実力派若手。『伊織』は貿易会社の社長令息だ。その雰囲気や、十九歳という年齢設定は、七原が演じてもまったく違和感はない。しかし、どういう脚本になるのかまだはっきりわからないが、この作品で濡れ場を削除するのはまず無理だろう。佐木は実際に七原と会ったことがなかったが、TVで観る彼は純粋そうで清潔感があり、まさか男同士の濡れ場を演じるとは到底思えない。
「彼も二十歳を迎える前から色々考えてたみたいでね。今までの自分のイメージをいい意味で壊したいって。彼とは一度仕事したことがあるけど、ものすごく素直でなんでも吸収しちゃうタイプだからさ、僕は暗くて重いの意外とハマると思ってる」
本を閉じ顔を上げた貴島に、九鬼は不敵な笑みを浮かべた。
「クランクインは一年後を予定してる。今月中に返事もらえると助かるかな。……僕はどっちでもいいよ?」
静かな部屋の空気に、ぴりっと痺れるような何かが走りぬけた錯覚がした。
「一般的とは言いがたい設定だから。事務所なり本人なりからNG出ました。説得したけど無理でした。つったらクライアントも納得しれくれる筈だから」
できないならやらなくていい。自分は貴島には期待していない。九鬼のセリフは明らかにそんな意図を含んでいた。
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