フシダラ 第2話

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フシダラ 第2話

      ◆   ◆   ◆  九鬼との会食以後、貴島は言葉少なだ。どこか重い空気を漂わせる貴島に、仕事先のスタッフや共演者は、「貴島くん何かあった?」とこっそり佐木に耳打ちしてきた。佐木はそれに苦笑を浮かべて首を振る。 貴島から醸し出る苛立ったような、人を拒むような雰囲気。佐木はそれを懐かしいと感じた。一年前なら不機嫌な貴島なんて珍しいとも思わなかったのに。そこで初めて、ここしばらく貴島の怒鳴り声を聞いた覚えがないことに気付いた。  佐木と出会った当時は成人したばかりだった貴島も、年明け……あと三ヶ月もしないうちに二十三になる。その間に貴島は随分変わった。使い込んだ革が味わいを増すように、少しずつ青さが抜け、落ち着きが出てきた。そして二人の関係も、出会った時とは違うものへと変化していった。必要ならば、貴島が進む道を照らす光になる。障害があるのならそれに立ち向かう為の剣にも盾にもなる。それが仕事であっても、なくても。佐木にとって貴島は、この世で何よりも大切な存在だ。  不意に、この関係が夢ではないかと疑うことがある。自分に自信が持てず、信じ切れない自分。しかし貴島はそんな佐木を知っても、投げ出すどころかそれごと掬い上げてくれる。佐木の負担を取り除き、苦しいことや悲しいことから守ろうとしてくれる。貴島の腕の中が世界で一番安心できる場所だった。抱き締められてその鼓動を聞いていると、満たされて泣き出したくなる。
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