フシダラ 第2話

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「今日泊まってけよ」  控え室での着替え中、貴島は背後に座っていた佐木へと、唐突に声を掛けた。ブレーク当時から懇意な雑誌の仕事だったからか、夕方から開始された撮影は予定を押すことなく、きっかり時間通りに終了した。  午後八時。こんなに早く帰宅できるのは滅多にないことだ。佐木はもちろん貴島の誘いを快諾する。 「今日は時間があるので、大地さんの好きな物をお作りできますね」 貴島とプライベートで過ごせる時間が持てることに、佐木は自然と笑みをこぼした。 「何か食べたい物はありますか? 先日豪華な懐石料理をご馳走になったばかりですから、洋食にしますか?」 着替えを終えた貴島は、いつものように煙草に手を伸ばすことなく、そのままジャッケットまで着込む。 「お前の味噌汁と天ぷらが食いたい」  すぐ返されたリクエストに、佐木は笑顔で「はい」と答えた。  スーパーで買い物を済ませてから、二人は貴島の自宅マンションに向かった。佐木が部屋を訪れるのは一月振りだったが、その時と変わらず、一人暮らしには広すぎる空間は綺麗に片されていた。使い勝手の良い、最新のシステムキッチンでの調理は心踊る。それ以上に食べてくれる相手がいることが嬉しくて、包丁を握る佐木は無意識に鼻歌を歌っていた。貴島は風呂上がりのビールで喉を潤しながら、佐木が皿に並べている途中の揚げたての天ぷらを行儀悪く横から摘まむ。「大地さんお行儀が悪いです」と窘めても、「すげぇ美味い」と言われてしまえば、注意する気なんて根こそぎ削がれる。
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