フシダラ 第2話

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 貴島は世間のイメージとは裏腹に、仕事に関しては真面目で勉強家でもある。まだブレークする前、貴島の出世作である『夜桜』がクランクアップしてからしばらくは、スケジュール帳に空白ばかりが目立った。映画撮影の為にそれまでのようなTV出演を控えている間に、当初の予測通り出演オファー自体がこなくなった。  それは元々、貴島がやりたがらない仕事だったので問題はなかったが、だからといってやりたい仕事が舞い込んでくる状況でもなかった。貴島も佐木も、社長である礼子も事務所スタッフも。それは覚悟の上だった。当初は反対され、散々話し合って決めた貴島の俳優業への転向。今は耐える時期だ。来年の春になれば、この選択が正しかったことをみんなが、世間が知る。佐木はその片鱗を現場で直接この目に焼き付けた。 『貴島さんって車の免許持ってますか?』 貴島は「ねえ」と乱暴に答える。 『それじゃあ今のうちに取っておきませんか? のちのち必ず必要になりますよ』 『まあそれもいいかもな。時間なら腐る程あることだし』  仕事のない現状にうんざりしていた貴島は、溜息混じりでそう答える。 『そうです。有効活用しないと勿体ないですよ』  そんな貴島に、佐木は明るく笑った。 『貴方はやるべきことをやりました。あとは結果を待つだけです』  今は誰も、貴島本人さえも、すぐそこまで来ている春の風を感じられないなら、自分がそこまで貴島を連れていく。佐木の中に不安がない訳ではない。だけど明るい未来を信じたくなる力を、佐木は貴島の演技からもらった。 『春からは忙しくなりますよ。それに備えてやれることをやっておきましょう』
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