フシダラ 第2話

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 温厚でお人好し。悪く言えば、地味で冴えない、真面目だけが取り柄の男。そんな仮面を被り、内心では他人にも自分にも、生きることにも興味を持てない己に絶望している。それが少しずつ自分でもコントロールできない感情に囚われていく。とても難しい役どころだ。  難しいのは役だけではない。撮るのはあの九鬼なのだ。先日の会食の時点で既に、九鬼は貴島を挑発しているような雰囲気があった。三十二歳の若さでヒットを連発し、賞レースの常連。佐木もいくつかは作品を観たことがあるが、どれも個性的で独特の空気感がある。会食であの調子だったのだから、撮影現場では更に輪を掛けて貴島を煽るだろう。演技指導が細かく、リテイクの鬼だという噂も聞いたことがある。 「あのオッサンは気に入らねえけど、まあ、仕方ねえか」  佐木はその言い様に苦笑を浮かべつつも、やがて深く頷いた。貴島が難題を前にして方向転換するような男ではないことはよく知っていた。 「でも、あいつは気になってたからいい機会だな」 貴島はTV画面を視線で指した。 「七原さんですか?」  貴島は「ああ」と答えたあと、小さく笑った。 「お前誰にでも『さん』付けなんだな。七原悠って二十歳くらいだろ」  現在二十六の佐木とは六歳離れている。  貴島はそう言うが、年齢だけで上下が決まらないのがこの業界だ。佐木は基本的に仕事で接する人間に対して、年齢が年下だからと言って態度を変えない。年上でも下でも、同じように礼儀を心掛けている。しかし、それで逆に『堅苦しい』と言われてしまうこともあった。
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