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フシダラ 第3話
◇ ◇ ◇
終戦の折、私は十二歳であった。ラヂオから流れる、終戦を告げる天皇陛下のお言葉を拝聴したのは疎開先である母方の田舎だった。
本当に暑い日だった。しかし背も首筋もべったりと汗に汚れているのに、指先だけはじんと冷えているような感覚がしていた。
むせび泣く者、放心状態になる者、何かを堪えるように瞼を閉じる者。私はそれらを眺めながら、焦燥と安堵がいっしょくたになった気持ちを持て余していた。
あの頃、誰しもが脇目も振らず、一心不乱に一つの目的へと突き進もうとした。今にも溢れ出そうになる不安に蓋をするように、七生報国の精神を唱えた。
ある種の熱病に浮かされていたようなこの国は、この暑い夏の日を頂点にようやく熱を解放し始めた。
父は戦争のさなかで帰らぬ人となり、長兄である私は涙にくれる母の背を慰め、ひもじいと駄々をこねる弟を叱りあやした。父の戦死を知っても涙が浮かばないのは、己が父の代わりを務めなければならないという責任感からだと、誰にともなく言い訳をした。
自分の中に何かが巣食っているかもしれないという疑念が、形にはならないにしろ浮かび始めたのは、丁度その頃だった。
戦後、我が国は目覚しい回復力を見せた。
私が、大きく革新される制度の中で学業を学び、大学を卒業する頃には、戦前と変わらぬ生産能力を取り戻していた。亡き父同様、私が教師という職業を選んだのは母の強い希望であった。しかしその母も、私が高等学校の教壇に立つようになってから三年が経った頃、病で帰らぬ人となってしまった。涙が流れないのは、自分が既に成人した男子だからだと、またも内心で言い訳のような言葉を浮かべた。
胸の中にぽっかりと空洞の空いたこの感覚こそが、自分にとっての『悲しい』という感情だと、母の亡骸に縋り嗚咽を漏らす弟を見つめながら思った。
◇ ◇ ◇
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