フシダラ 第3話

2/12

208人が本棚に入れています
本棚に追加
/332ページ
 佐木は数年振りに読み返していた【白亞の欠片】を一旦閉じた。 貴島が九鬼へ返事をしてから一月後に、事務所宛に正式な出演の打診がきた。そこから半年掛けて他の出演者のキャスティングやロケハンが行われ、九鬼自らが脚本を書き上げた。  季節が夏を迎え、スタッフの顔合わせが行われた。佐木はそこで初めて七原悠に会った。初対面なのに、相手の顔や声をよく知っている。そんな奇妙な感覚はこの業界では頻繁にある。深く頭を下げて挨拶する佐木同様に、七原は腰の低い青年だった。TVで抱いていた印象より大人しそうで、あどけない感じがした。体格も佐木より華奢で、庇護欲を掻き立てられる。  その夜、貴島は自ら、スタッフ全員参加の懇親会を企画した。撮影現場でスタッフ一同をまとめるのは、監督や年長者ではなく主演の役者という暗黙の了解がある。現場の雰囲気の良し悪しは、主演の言動に掛かっているといっても過言ではなかった。貴島は既に充分その自覚を持っている。  貴島が選んだ馴染みの店は、焼酎や日本酒の種類が豊富で、年配の役者や酒飲みを唸らせ、手の込んだ創作料理やデザートの美味しさに女性スタッフからも大好評だ。貴島はスタッフ一人ひとりに挨拶をして回り、今は意外に酒豪だった七原の隣に座り、俳優陣と盛り上がっている。元々大雑把に見えて、細やかな気遣いのできる性格ではあったが、今回の貴島は今までとまるで違った。いい雰囲気で撮影に臨めるように、いつも以上に心を砕いている。この作品に挑む覚悟のようなものを、佐木は貴島から感じていた。
/332ページ

最初のコメントを投稿しよう!

208人が本棚に入れています
本棚に追加