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「おたくの坊っちゃんは負けん気強いねぇ。まあそうでなくっちゃ張り合いないけど」
佐木は九鬼に向かって会釈をする。
「でも実際はもっと噛み付かれるかなあとか思ってたんだよね。僕、あからさまに挑発しまくりだから。でも大人しくってちょっと拍子抜け」
まあよく睨まれるけど、と付けたし九鬼は笑った。
「貴島が大人しいのは、九鬼さんがプロフェッショナルだからですよ。意味のない挑発ではないからです」
貴島もそれを理解しているから反発しないのだ。実際、リテイクの度に、貴島の表現はよくなっているように見えた。
「確かに貴島は短気なところもありますが、プロ意識は人一倍高いんです。九鬼さんと一緒で」
少しだけ誇らしげに笑うと、九鬼は一瞬虚を衝かれたような表情を浮かべ、つられるように笑った。
「でもここまでアレな監督も珍しいでしょ。周りからは独裁監督なんて言われてるからね」
「それはこう撮りたい、というイメージが他の方より明確にあるからのことでしょう。信念もプライドもないとできないことだと僕は思います」
佐木が九鬼に好感を抱くのは、その仕事に対する姿勢が大きい。自分を曲げず、周りに流されず、突き進む。それはとても貴島に似ていた。
不意に九鬼が、じっと佐木の顔を見つめてきた。
「あの、すみません。僕ごときが知った風な口を……」
失礼なことを言ってしまったのかもしれない。頭を下げる佐木に、九鬼は見当違いな言葉を口にした。
「佐木くんってさ、プライベートでも自分のこと、『僕』って言ってるの?」
予想外の質問に、佐木は戸惑いつつも「いえ」と答える。
「じゃあ『俺』派なんだ?」
まだ状況が掴めないまま「はい」と返事をした。
「じゃあさ、今から僕の前では普段通りにそう言うように!」
「えっ」
困惑する佐木を残し、九鬼は去っていこうとする。「これ監督命令だから」と付けらされ、佐木は途方に暮れたように九鬼の背中を見送った。
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