フシダラ 第3話

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 彼女が可哀想だ。永遠の眠りについた早苗を見て思った。醜くひしゃげた私の心の中で、その感情だけは嘘偽りのないものだった。  自分は人間として必要な何かが著しく欠落している。そのことに気付いていたのにも拘わらず、無様にも人であることにしがみついた為に、こうして不幸な人間を生み出してしまったのだ。私に関わらなければ、彼女は今も生きていた筈だと思った。  不意に斜向かいに座る母親の腕に抱かれた赤ん坊が、眠りから覚めて泣き叫び始めた。若い母親は申し訳なさそうに周囲に頭を下げる。その隣に座っていた老婆が、それをあやすようにぎゅっと握り締めた小さな手をつつき、「元気いっぱいねぇ」と笑い掛ける。  私はふと、幼少の頃の出来事を思い出した。  歳の離れた弟が生まれた時、母は私に、『赤子は右手に夢を、左手に希望を握って生まれてくるのだ』と笑った。見ると確かに、弟は必死に何かを掴んでいるように手を握り締めていた。  夢と希望。それは大人になり手を開いた時、どこかへ取り落としてしまうのだろうか。それとも私の手には、最初から何も託されていなかったのかもしれない。  どんなに目を凝らしてみても、この手の中には何もなかった。 ◇ ◇  ◇
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