フシダラ 第4話

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◇ ◇  ◇  こんな日々を重ねても何の意味も成さない。  早苗の死は、往生際の悪い私にようやく至極簡単な答えを齎した。  学校を辞め、身の回りの物を処分した。帰る場所はもうない。だけど、それで良かった。もうどこにも帰るつもりはないのだから。  電車を乗り継ぎ、殆ど乗客のいないバスに揺られる。誰の姿もない待合所に降り立ち、私は上着の内隠しから一通の封筒を取り出した。それは早苗に宛てられた手紙だ。差し出し人は岡村さと子とある。  早苗は時折、住んでいた家のことを話した。  薬品貿易会社を経営する父親と、三歳下の弟。母は戦後まもなく病死。山間にある屋敷で暮らしていた早苗は、まるで牢獄のようなその場所に耐え切れず家を飛び出した。彼女は私の部屋に居付いてしばらくすると、自分の所在を知己に知らせてもよいかと私に訊ねた。生まれた時から世話をしてくれたという使用人には、この場所で幸せに過ごしていることを知らせたいという。承諾すると、早苗はその相手と手紙のやり取りを始めた。  今私が手にしている封筒は五日前に届けられた。封は開いていない。宛てられた相手は、もう二度とその封を切ることはできない。  私は記載された住所をもう一度確認すると、それを仕舞い込み、鬱蒼とした森林へと足を踏み入れた。
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