フシダラ 第4話

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 自分の息遣いと、草木を踏み締める音だけを聞き続ける。樹木の隙間から見える空は鈍色だ。木綿のシャツの上にジャケットを着けた薄着では、寒さが沁み、悴む指から風呂敷包みが滑り落ちぬよう気を遣った。 どれ程歩いただろうか。視界が開け、大きな屋敷が目に入った頃には、足はくたくたになっていた。  石でできた門柱には『月島』の表札が掛けられていた。大きな門扉に手を掛けると、鍵は閉められておらず、私はそれを押して敷地に入った。先程より幾分湿度を増した空気が肌を撫でる。  ルネサンス様式の立派な西洋館。左手には煉瓦造りの建物が見えた。木製のドアの前に立ち、ブザーを押す。しばらく間を置いて、それは開かれた。姿を見せたのは五十代半ばの女性。喪服姿の見知らぬ男を認めて、彼女は不審そうに眉根を寄せた。 「突然申し訳ありません。私は美山と申します。こちらは月島早苗さんの御生家でしょうか?」  彼女はこれ以上はない程に目を見開き、やがて信じられないものを見るように、私が手にした風呂敷包みを凝視した。
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