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その日、私は月島家に泊まることにした。気付くと外が大雨になっていた為、さと子や早苗の弟、伊織に宿泊を勧められたからだ。
この家に『早苗』を届けた時点で、既にこの世での私の役目は果たされたように感じていたので、外の天気がどうだろうと内心どうでもよかった。頭の中には、どうやって自らを抹殺しよかという手立てのことしかない。けれどその思考の中に、突然割り込んできた存在。
柔らか過ぎるベッドの中ではなかなか寝付けなかった。暗い天井に、同じ屋敷の中にいる筈の青年の姿が、浮かんでは消えた。
「やはり、昨夜の大雨で土砂崩れが起きたようです。地盤のゆるい土地ですから」
翌朝、客室に入ってきた伊織は静かにそう告げた。
「申し訳ありませんが、山道が復旧するまではここに滞在して下さい。どこかへ電話されますか?」
「……いや」
「どなたか心配される方はいらっしゃらないのですか?」
「いないよ、誰も。仕事も辞めてきたから」
普段なら適当に濁す筈の言葉を、何故か素直に口にした。
「姉のことが、本当にショックだったのでしょうね」
「え?」
「貴方はまるでこれから死ににゆく人に見えます」
私は思わず絶句していた。確かに恋人の遺骨だけを携えて訪れた私は、あまりにも身軽だ。伊織がそんな想像を働かせても無理はなかったし、紛れもない事実であった。しかしそれは早苗との別離が直接的な原因だという訳ではなかったが。
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