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「君は、お姉さんが亡くなってショックではないのかい?」
伊織が発した言葉を、私はその問いを口にすることで誤魔化した。
「どうなのでしょうね。僕は姉が大切でもあり、……心底憎んでいたようにも思います。悲しいか悲しくないかと問われると答えに窮しますが、ただ可哀相だと感じます」
その答えに、私は身震いした。自分と同じ感情を抱き、それを打ち明けた伊織を、穴が開く程見つめる。
「姉はこの屋敷から逃れたくて外へ出たのに、結局は自由になりきれなかった。とても哀れです」
伊織は不意に、哀しい瞳のままで小さく笑った。
「不思議です。どうして僕は、初対面の貴方に自分の内心をこんな風に話せるのでしょうね」
揺れる黒い瞳に呼応するように、私の心も揺れ動く。胸がざわついた。
「君にとっても、この家は枷なのか?」
そう訊ねると、伊織はふっと笑んだ。それは先程のような笑みとは違う、背筋に何かが駆け抜けるような妖艶さを含んでいた。
「この家は穢れています。……そして僕も」
「そんな風には見えない」
否定をすると、伊織はすっと近付き囁く。
「試してみますか?」
瞬間、肌がぞくりと粟立つ。それが嫌悪感からくるものではないことを、私は理解していた。
「もしもその気がおありなら、今夜僕の部屋へいらして下さい」
そう言い残して伊織は部屋を去っていった。
◇ ◇ ◇
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