208人が本棚に入れています
本棚に追加
/332ページ
「九鬼さんのような、有名監督にカメラを向けられたら、緊張してしまいます」
九鬼のからかいに、佐木は小さく笑いをこぼす。
「いや、これ口説いてんだけどなぁ」
九鬼はボリボリと頬を掻いた。それを見つめる佐木の顔から表情が消える。
「っていうかこの間の質問、答えてもらってないんだけど」
なんのことだかわからず僅かに顔しかめると、九鬼は「彼氏はいる? イエス? ノー?」と続けた。
「……いません」
「ふーん?」
言うなり九鬼は佐木の腕を掴んで引っ張った。咄嗟のことに抵抗できず、佐木は九鬼の腕の中に抱き込まれる。
「九鬼さん!?」
後ろに回った手がするりと背を撫で上げ、佐木は思わず体を震わせた。
「っ、離して下さい!」
佐木は九鬼の胸を突き飛ばして、どうにかその腕から逃れた。そのまま後ずさったが、背後にあった建物の壁に阻まれて動きを止める。九鬼は佐木を囲むように壁に手をついて、上から覗き込んできた。
「冗談ならよして下さい」
「それって冗談じゃなかったらいいってこと?」
佐木は反抗するように九鬼の瞳を強く見返した。
「へー、そんな顔もできるんだ。そそるね」
「人を呼びますよ」
距離はあるが、大声で叫べば誰かしら気付く筈だ。
「どうぞ?」
しかし九鬼に動揺する様子は見られない。
最初のコメントを投稿しよう!