フシダラ 第5話

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 二人のやり取りに、佐木は思わずぎくりと体を強張らせた。貴島の発言は、俳優とマネージャーという平凡な関係から見て、なんら不自然ではないものだ。九鬼の反応も至っておかしいところはない。それでも佐木は、昨夜の出来事からどうしても過敏に反応してしまう。万が一、貴島との関係を九鬼に知られてしまったら。それが怖くて仕方なかった。  この関係が世間に許されるものだと思ってはいない。中には嫌悪を抱き、激しく非難する者もいるだろう。芸能人という貴島の立場でそれを知られることは、普通の人間よりずっと複雑な事態を招く要因になる。貴島が積み上げてきたものすべてが、一瞬で崩れ落ちてしまうかもしれない。そんな状況に貴島を晒すことだけは、絶対にしたくない。  けれど佐木は決して、間違ったことをしているとは微塵も感じてはいない。マネージャーである自分がとった選択としては、分別がないと咎められて然るべきことかもしれない。だけど一個人としての佐木にとって、自分が貴島に対して抱く感情は、誰にも否定されたくなかった。  どちらも佐木にとって譲れないものだ。貴島を支えることも、ただひたすら想いを傾けることも、もはや生きる意味に等しい。 「それじゃあ、オーナーのところに行ってきます。撮影頑張って下さい」  佐木が頭を下げると、七原も笑顔でお辞儀し、九鬼は「ごめんね、よろしく」と手を振った。貴島だけは無言で佐木を見ていた。佐木はその視線から逃れるように、足早にダイニングへと戻った。
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