フシダラ 第5話

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◇ ◇  ◇  私が月島邸を訪れて、既に一週間以上が経過していた。恐らく山道はとっくに復旧していることだろう。けれど私は未だこの屋敷に留まっている。私が早苗の情人だったからか、この家の使用人達は終始私を好意的に扱った。特に岡村さと子からは、私を少しでも長くここへ留まらせようという意図がはっきりと感じられる程だった。  私は毎夜伊織を貪り尽くした。降り積もった白い雪を踏み荒らしてぐちゃぐちゃに汚したい。そんな獰猛な感情を彼の細い体に向ける。しかし体を重ねる度に欲望は満たされるどころか、何かの病のように飢餓感が増殖してゆく。すべてを晒させ、犯して、喘がせても、幻影を抱いているような感覚が付き纏った。  その原因の一つに、『父親』の存在があった。  私が伊織の部屋で過ごしていると、時折使用人が扉を叩く。それは病に臥せっている伊織の父親、文彦からの呼び出しを告げるものであった。ノックが聞こえると、伊織はほんの一瞬怯えたような表情を見せる。しかしすぐに静かに返事をして、部屋を出て行くのだ。呼び出しの時間は日によって区々だった。昼食時であったり、夜が更け、ベッドの上で行為に及んでいる最中で、ということもあった。どんな時でも必ず伊織は呼び出しに応じる。私はそれに不満を感じた。 「父上に御挨拶したい」  口にするのは尤もで、今更過ぎる言葉を吐くと、伊織は不思議そうな表情をした。 「御目通りはかなわないだろうか?」 「父は精神を病んで、離れの部屋に居ります。今は一日の殆どを眠って過ごし、ほんの数時間だけしか起きていません。人に会えるような状態ではないのです」  伊織はしばらく私をじっと見つめたあと、小さな息を吐く。
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