フシダラ 第5話

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「以前、この家や僕は穢れているとお話ししましたね」 「ああ」 「その意味を教えて差し上げます」  伊織は一度目を閉じてから、話し始めた。  戦後まもなく母である早百合がこの世を去り、早百合を深く愛していた文彦は嘆き悲しんだ。毎晩のように酒を呷り、狂ったように亡き妻の名を叫んでいた。その頃から会社の経営は他の人間に任せ、名ばかりの社長となった。どれだけ声を枯らして呼んでも、愛する者が戻らない現実に、文彦の精神は少しずつ蝕まれていった。屋敷からは一歩も出ず、二人の子供達にもそれを課した。妻のように、子供達までこの手の中から消えてしまったら。そんな考えに取り憑かれていた文彦は、常に自らの傍に子供達を添わせた。それでもまだ安心できず、精神状態は悪化するばかりだった。そしてある日、異常な生活に限界を感じて、長女の早苗が家を飛び出した。 「それを切っ掛けに、あの人は完全に狂ってしまったのですよ」  錯乱した文彦の世界に、何が見えているのかは知り得ない。ただ文彦は、愛情も怒りも悲しみも憎しみも……欲望も、唯一残った伊織に向けた。 「姉は想像もしていなかったでしょうね」  伊織が呟いた言葉に、私は思わず息を詰めた。伊織は私に近付くと、冷めた瞳で私の頬を撫でた。 「牢獄を抜け出して、自由な世界で愛する人と幸せな生活を過ごしている間、実の弟が実の父親に殴られ、縛られて、犯されていたなんてこと」  言葉もなく佇む私に、伊織は妖艶に微笑む。それは身震いする程美しかった。  私はようやく悟った。彼が私に体を開き、快楽に体をしならせ、甘い声で啼いたのは、すべて亡き姉への復讐だということを。 ◇ ◇  ◇
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