フシダラ 第5話

9/12

208人が本棚に入れています
本棚に追加
/332ページ
 キッチンにある物は好きに使ってくれて構わないと佐木に言付けて、夫妻は車で出発した。ロッジ村から町中の病院までは片道一時間以上、処置や待ち時間のことも考えると、どうしても一日仕事になってしまう。佐木は自ら、昼食だけではなく夕飯の支度も引き受けた。ステンレス製の巨大な冷蔵庫の中には食材がぎっしり詰まっている。調理器具も充実していて、大きな鍋もある為、調理は苦労せず済みそうだった。  冴子の怪我が心配だった。スタッフたちには撮影に集中して欲しかった。中途半端な心構えの自分は、現場にいるよりもこういう形で役立った方がいくらかマシな気がした。  それらは全部佐木の本音だ。それでもその中に、ぽつんと点のような染みが滲む。  ここにいれば貴島と七原のシーンを見ずに済む。そんな考えに気付いて、佐木はまた自分に嫌気が差した。こんなこと、職務放棄に等しい。罪悪感に息苦しさを覚えながら、包丁を握る。自分の中の拭えない物思いも、切り刻めてしまえばいいのにと思った。
/332ページ

最初のコメントを投稿しよう!

208人が本棚に入れています
本棚に追加