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従わない佐木に、貴島は舌打ちしてその腕を掴む。
「大地さん、っ」
咄嗟に振り解こうとしても、それはびくともしない。こんなところを九鬼に目撃されたら――。
「大地さん、手を放して下さい」
抗う佐木に貴島は何も答えず、ただ握る手を強くする。
人気のない裏庭に着くと、貴島はようやく佐木を解放した。
「何を考えてる」
貴島は静かな声で問い掛けた。真剣な瞳に佐木は息を詰めた。偽ることも誤魔化すことも、この人にはしたくない。
「ごめんなさい、俺が悪いんです。俺の気持ちの問題です。自分が至らなくて、情けなくて……、今は上手く自分を保てません」
貴島が顔をしかめる。
「この映画の撮影が終わったら、必ずすべてお話しします。だから今はこの作品にだけ集中して下さい。どうか今は、俺に構わないで下さい」
貴島の本気を、集中力を、侮っている訳じゃない。それでも、もしも佐木が、七原との濃厚なシーンに複雑な気持ちを抱いていると知ったら? 監督である九鬼が佐木に対して特別な興味を向けていると知ったら? そして万が一、佐木が同性と恋愛をする人間だと気付いている九鬼が、貴島と佐木の関係に勘付いてしまったとしたら……。どれも貴島の集中を乱すものだ。今、貴島に知られる訳にはいかない。
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