フシダラ 第5話

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 貴島は苛立ったように頭を掻き、乱暴な溜息を吐いた。完全に納得した様子ではなかったが、この場ではどうにもならないと理解したのか、悔し紛れに佐木の頭を指先で乱してすぐに離れた。現場へ戻っていく背中を見つめて、佐木は心の中で「ごめんなさい」と呟いた。 「おーい、美山くん。そろそろ休憩時間終わるんですけどー」  貴島の背を追って佐木も歩き始めた時、建物の陰から顔を覗かせた人物に、佐木は鋭く息を吸い込んだ。 「どこに監督自ら呼びにくる現場があんだよ」  貴島が皮肉を言うと、九鬼は「んー? ここ?」とおどけて見せる。横を通り過ぎていく貴島を見送り、九鬼は佐木に視線を向けた。 「佐木くんって、ほんとに料理上手なんだねぇ。貴島くんが言ってた通りだ」  すげぇ美味かった、ごちそう様。と九鬼は笑う。九鬼へと近付く佐木の足は、動揺して力が入らなかった。 「もしかしてさ、佐木くん、貴島くんのベッドシーン見るの嫌なの?」  佐木が九鬼の隣を通り過ぎる瞬間、九鬼はその問いを投げ掛けた。佐木は九鬼の少し先で足を止め、ゆっくり振り向く。 「いえ、そういう訳ではありませんが……」  緊張も動揺も押し殺して、佐木は平静を装って答えた。声も震えなかった。会釈をして再び歩き始めようとすると、伸びた九鬼の手が、佐木の肩を掴んだ。強張った肩に触れられ、佐木は思わず竦み上がった。佐木は瞬時に青褪める。恐るおそる振り向くと、そこには確信を得たような笑顔の九鬼がいた。 「ごめんねぇ、佐木くん。僕わかっちゃった」  何が、とは九鬼は言わなかった。だけど佐木には充分、その場に倒れてしまいそうな衝撃を与える言葉だった。
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