フシダラ 第6話

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 黄色い声を上げる一同を引き締めるように、九鬼は「ただし!」と叫んだ。 「明日の撮影、早目に切り上げられそうならそうするけど、逆に長引くようなら、オーナーの厚意には申し訳ないけど、もちろん中止にするから」  浮かれて仕事でヘマしたらただじゃおかねえ。と凄む九鬼に、スタッフたちは「気合い入れます!」と返事をした。  結局明日は夕方に撮影を切り上げ、そこからワイナリーに向かう予定になった。見た目に反してお酒好きな七原も、嬉しそうに笑って何か貴島に話し掛けている。遠くからそれを眺めていた佐木は、さりげなくそこから視線を外した。すると丁度そこに九鬼がいて、目が合ってしまう。佐木が顔を俯けようとした寸前に、九鬼は指で部屋のドアを指した。硬直する佐木にふっと微笑んで、九鬼は席を立つ。血の気が引いて、白くなり冷え切った佐木の指先は、小刻みに震えていた。 「そんな死にそうな顔しないでよ。心が痛んじゃうでしょう」  微かに笑いを含んだ九鬼の声が夜空に落ちる。 「僕はねえ、こう見えて人のものを奪う趣味はないんだ。争いごとは嫌いな人間なんだよね」  九鬼は佐木を安心させるように囁いて、その肩に手を置く。 「でも、摘まみ食いは大好き」  肩に置かれた手が、するりと滑って強張った佐木の顔を撫でる。 「君も彼も何も失わなくて済む平和的な解決方法があるけど、僕と話し合ってみる気はある? 少々込み入ったものになるけど」  意味深長な言葉に、佐木の肩が大きく跳ねる。九鬼はその反応にくすりと笑いを溢した。 「まあ、ちょっと考えてみて。賢明な判断を期待してるよ」  九鬼は最後に佐木の柔らかい髪を弄んで、踵を返した。
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