フシダラ 第6話

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 貴島と佐木の関係が世間に知られれば、貴島が受けるダメージは計り知れない。流れるのはただの噂ではなく、九鬼という一定以上の発言力を持つ人間の言葉。どうやってももみ消すことはできないだろう。どんなに自分を呪っても、時間は巻き戻せない。  九鬼は掴めない男だけど、自分の言葉を偽る人間ではないと佐木は感じていた。本音しか口にしないから反感を買いやすいのだ。九鬼の言葉が含んだ要求はもちろんわかる。口止め料の代わりに、佐木に体を差し出せと言っているのだ。応じれば恐らく、九鬼は言葉通りに貴島が何かを失うような言動はしないだろう。芸能人である『貴島大地』はこれまでのままでいられる。  自分の所為で貴島が世間から非難をされるなんて、想像したくもなかった。この体を差し出せば、それを回避できる。  浴室の床に直に座り込んだ佐木は、自分の体を見回した。長い時間その格好でいた所為で、浴槽に溜まった湯も、佐木の体も冷たくなっていた。自らの肩を抱き、簡単なことだと言い聞かせようとする指が震える。なんの変哲もない体。平凡で面白みのない、だけど、貴島が愛してくれる大切な体だ。誰にも触らせたくない。貴島以外と抱き合うなんて考えられない。 それでも他には方法がない。
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