208人が本棚に入れています
本棚に追加
/332ページ
◆ ◆ ◆
夕方からのイベントを楽しみにしてか、出演者もスタッフもいつも以上に集中して撮影に臨み、無事に予定時刻である十七時半に日程が終了した。ワイナリーへは、オーナーが所有の送迎バスを出してくれることになった。
「九鬼さん、本当に行かないんですか?」
母屋の前に停車されたバスへとスタッフたちが乗り込んでいく中、九鬼はそれを腕組みして眺めている。メイク担当の女性スタッフが訊ねると、九鬼はわざとらしく拗ねたような表情を浮かべた。
「だって酒飲めないのに、君らが美味しそうにワイン飲んでるとこ見てるだけなんてヤだもーん」
「施設の見学だけでも楽しいと思いますよ」と言うスタッフに、九鬼は手で追い払うようなジェスチャーを見せる。スタッフは「拗ねないで下さいよ」と笑った。
「じゃあ佐木さんも行かれないんですか?」
近くでそれを見つめていた佐木へと、スタッフは声を掛ける。
「佐木くんも僕と一緒にお留守番してようよ。下戸同士部屋でコーヒーでも啜らない?」
困惑の表情を見せる佐木に、九鬼は言葉を重ねる。
「まあ彼女が言うように見学だけでも楽しいかもしれないから、行ってもいいと思うけど。……どうする?」
くすぐるような九鬼の視線を受け止め、佐木はきつく自分の手を握り締めた。その時、不意にバスに乗り込もうとする貴島と目が合う。思わず口を開きかけて、慌てて噤んだ。貴島は一瞬立ち止まったが、背後の七原に何事かを言われ、すぐにバスの中へと入っていく。佐木は自分の目がそれ以上その姿を追わないように、きつく目を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!