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「彼に知られることはないよ、絶対に」
九鬼は佐木を慰めるように、頬を撫でた。その言葉通りに、九鬼は黙っている筈だと佐木は思った。だけどきっと、自分が耐えられない。まっすぐに自分を見つめてくれる貴島に、きっと自分が向き合えなくなる。このまま九鬼に身を委ねれば、貴島の地位は守られる。この先ももっとずっと役者として、人間として成長してその魅力を増していく筈だ。けれど、その隣に自分はいないだろう。佐木の瞳から溢れ出した涙を見つけた九鬼は、大きな溜息を漏らした。
「今の顔、すげぇソソるんだけどなぁ」とブツブツ言いながら、九鬼は身を起こす。
「あのさぁ、佐木くんはこれでいいの?」
「……え?」
「言ったって男同士でしょう? それに多分二人とも元々ノンケだろ? 特に貴島くんなんかさ。ずっと一緒にいられる訳ないし、先ないでしょう?」
眼鏡を掛け直した九鬼は、気だるそうに頭を掻いた。
「なのにこんな風に自分の全部を懸けるような愛し方してたら、終わった時何もなくなる」
佐木は呆然と九鬼を見つめた。
「確かに、先のことは誰にもわかりません。だけど俺は、あの人を愛せたことだけで充分、自分のこの生に意味があると思えます。だから多分、後悔はありません」
「……健気だなぁ」
半分呆れたような声で、九鬼が呟く。
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