フシダラ 第8話

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フシダラ 第8話

 翌朝、貴島と共にダイニングへ向かう途中で、九鬼と鉢合わせた。硬い顔で立ち止まる佐木を見つけて、九鬼はいつもの読めない顔で笑った。 「とりあえず、今は撮影に集中しようか」  一言だけを残して、九鬼は先を歩いていった。  昨夜、佐木は貴島に抱かれたあと、体力を使い果たしてしまったのか寝入ってしまった。貴島はそんな佐木を寝かせたまま、ワイナリーから戻ってきた一同と、いつもより遅い夕食を摂る為にダイニングへ行った。そこにはもちろん九鬼の姿もあったが、特に何かを言ってくることはなく、貴島も同様に何も言わなかったらしい。佐木はそれを深夜に目を覚ました時に聞いた。そして、皆とワイナリーに向かった筈の貴島が、どうしてあのタイミングで九鬼の部屋に現れたのかも。 「お前、何か言い掛けただろ、俺がバスに乗る前」  あれは半分以上、無意識の行動だった。追い詰められ、自覚のないまま貴島に縋ろうとした。 「気になって窓から見てたら、あいつと二人で立ってるのが目に入った」  貴島が何か嫌な予感を募らせている間にバスは発車した。それでも湧いた胸の不快感が拭えず、走り出して十分が経った頃に、貴島は運転するオーナーに声を掛けた。 「それ……皆さんにはなんて……」 「明日のシーンのことで、どうしても今すぐ監督と話し合いたくなったからっつった」  お陰で夕食の際に、「監督とちゃんと話し合えたか?」と皆に心配されたと貴島は苦笑した。その場に居た九鬼にも同様の質問がされると、九鬼は笑みを浮かべて「貴島くんが熱くなっちゃって大変だったよ。まあでもお陰で明日は期待できるんじゃないかな」と話した。それを聞いた佐木の表情が曇る。
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