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◇ ◇ ◇
「君はここから出たいと思わないのか?」
私が訊ねると、伊織は可笑しそうに顔を歪めた。
「それなら、貴方がここから僕を連れ去ってくれますか?」
黙り込んだ私に、伊織は声を上げて笑う。
「冗談ですよ。本気になさらないで下さい」
「伊織……」
私の言葉を遮るように、伊織は口を開いた。
「貴方はもう、この屋敷を出た方がいい」
伊織が呟き終えると同時に、ノックの音が部屋に響く。いつもの呼び出しだった。
「どうぞ部屋にお戻り下さい」
伊織は無表情で一礼すると扉へ向かう。私は咄嗟に伊織の肩に手を置いてその体を強引に振り向かせた。
「……っ」
不意を衝かれた伊織は、不安そうな表情で私を見上げる。黒く濡れた瞳が驚愕に見開かれていた。
「放して下さい」
はっと我に返った伊織は、私の手を振り払い、逃げるように部屋から出て行った。
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